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丸亀城下町の暮らし方講座 第1回の記録

昭和の住宅から学ぶ

日時:2017年1月22日 14:00〜16:00

会場:シロシタラボ
主催:シロシタラボ、都市環境デザイン会議四国ブロック
講師:戸塚元雄(戸塚元雄建築設計事務所)
 
昭和は日本の住宅がもっとも大きく変化した時代です。 
戦後間もない1950年代には現代住宅の先駆けとなる試みが幾つも現れました。
物もお金も乏しい中で住宅は小さなものしかつくれなかったけれど、そこには「新しいライフスタイルを求める強い意思」と「斬新な工夫」が詰め込まれています。 
講座では、当時の代表的な住宅を取り上げ、今に活かせるヒントを探ると共に、丸亀城下町に多く残る住宅や建築の価値を考えてみました。


③立体最小限住宅/設計・池辺 陽

 
 私はこの住宅の写真を見るたびに子供時代に見た焼け跡の風景を思い出します。新宿の焼け跡に建てられた、今から見るとバラックにしか見えないこの小住宅は、戦後の新しい住宅への勇敢な挑戦として記憶されるべき作品だと思います。

竣工:1950 年(30 歳)
所在地:東京都新宿区
構造:木造中2 階建
床面積:47 平方メートル(14 坪)
家族構成:夫婦+子供1人


写真は、現代日本建築家全集17・池辺陽・広瀬鎌二(株式会社三一書房)掲載写真をスキャニングしたものです

外観

  • ・五例中唯一「庇のない箱型木造住宅」
  • ・本来のタイトルは No.3、ナンバーシリーズの第3作。
  •  戦後最初に建てた家 No.0 は伝統的な瓦葺平屋建てだった。
  • ・外観はバラック建築風、当時調達可能だった住宅資材が分かる
  • ・名前通り「最小限」を「立体的」に解決しようとした試み
  • ・外観を気にせず内部の生活に集中
  •  池辺さんの言葉「生活が空間を要求する。また空間の分離も要求する」
  • ・二階建てというより中二階建て。狙いは一室空間の中にできるだけ多様な領域をつくることにあった。手段は違うが「斎藤助教授の家」「コアのあるH氏の住まい」と共通するものがある

写真は、現代日本建築家全集17・池辺陽・広瀬鎌二(株式会社三一書房)掲載写真をスキャニングしたものです

平面・断面・モジュール

  • ・14 坪の狭小空間の中で「椅子・ベッド式生活」を試みた
  • ・面積縮小のため75 cmモジュールを採用
  • ・玄関なし、ドアを開けたら目の前が食卓
  • ・下駄箱らしきものがあるから靴は外で着脱した模様
  • ・吹抜けで居間を2 階と連続させ狭小感をやわらげている
  • ・寝室ゾーンを2 階に置きプライバシーを守る
  • ・夫婦別寝室。夫の寝室は書斎(仕事部屋)を兼ねている
  • ・妻の寝室の幅は1.5m、ベッドは造り付
  • ・階段幅は75cm(有効幅は約60 cm)
  • ・子供のプライバシーは無視、子供室を通って便所・浴室へ入る
  • ・この面積でも風呂がある!外焚き釜とサービスエリアにも注目
  • ・小さいけれど必要なものは全てある軽自動車的住宅

 

写真は、現代日本建築家全集17・池辺陽・広瀬鎌二(株式会社三一書房)掲載写真をスキャニングしたものに加筆しました


 

池辺さんの説明

 『この建物の付随的特徴は平面のディメンションに3m、1.5m、75cmという単位を使用したことにある。扉は70cm 内外。この単位寸法は今までの幾つかの試みの結果この建物に初めて全面的に使用したが、従来の1 間、3 尺単位や1m 単位に比べて空間の利用度が相当高いと思われる。構造材は10 尺物で少しも無駄にならず、ベニヤ板、テックス等も予想よりははるかに無駄が少ない。この点については今後の研究で、立面・断面とも関連して検討してゆく予定である』
 
 『椅子式生活と畳の生活とを比較する時、家事労働、衛生その他の面から見て椅子式生活のほうが優れているのは言うまでもない。だが、椅子式の方が費用がかかる。水洗便所、台所の設備、皆同じような問題がある。こうして今まで一般の住宅は相変わらず畳が敷かれ、汲み取り便所となり、設備はほとんどつくれない。この住居はこれらの生活条件を確保することを前提条件にして、建築費のバランスを組み立てなおし、平面断面等のデザインの追求により、どこまで一般住居の建築費に近づけるかという一連の試みの一つである』
 
 この二つの文章には、今日のお話の最初に挙げた<住宅の量的不足、資材・資金の不足への対処>と<新しい暮らし方(その平面とデザイン)を探す>という戦後の建築家に与えられた命題に対する回答が示されています。池辺さんはこの後、本来のテーマである住宅生産の工業化に取り組みました。


建築家のプロフィール

  • 建築デザインを広く時代と社会の中で捉え、時代の必然として住宅生産の工業化に強い関心を持ち生涯の研究テーマとした。しかし、『住まいの内部は生活がつくるもの』、『住宅は技術的、経済的プロセスだけではつくれない』として住宅の工場生産を否定。戸建て住宅を対象としたオープンシステムによる生産システムに拘る
  • ・工業製品を用いた工法開発、部品化、ユニット化、モジュール研究を進め、それを実際に適用した住宅ナンバーシリーズはNo.95(30年間)まで続いた
  • ・研究・設計と並行して住宅、環境、都市に関する膨大な文章を書いた
  • ・種子島ロケットセンター施設群の設計者でもある

 


 前ページ → ② コアのあるH氏の住まい/設計・増沢洵
 次のページ → ④ 試作・小住宅/設計・白井晟一


昭和の住宅から学ぶ もくじ

はじめに LinkIcon
① 斎藤助教授の家/設計・清家清 LinkIcon
② コアのあるH氏の住まい/設計・増沢洵 LinkIcon
③ 立体最小限住宅/設計・池辺陽 LinkIcon
④ 試作・小住宅/設計・白井晟一 LinkIcon
⑤ 栗の木のある家/設計・生田勉、宮嶋春樹 LinkIcon
1950年代の住宅が残したもの LinkIcon